
旧金毘羅大芝居 音声ガイド
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金丸座 歴史概略
ようこそお越しくださいました。
ここは現存する日本最古の芝居小屋、旧金毘羅大芝居、通称、金丸座です。
(江戸時代後期)1835年に建てられ、(昭和45年)1970年に国の重要文化財に指定されました。
江戸時代中期、当時、年に3回行われていた金刀比羅宮のお祭りでは、仮設の芝居小屋が建てられ、歌舞伎が行われていました。
やがて常設の芝居小屋が建てられ、金毘羅大芝居と呼ばれました。所有者が変わるたびに、稲荷座、千歳座と座名が変わり、(明治32年)1899年に金丸座と呼ばれるようになりました。今でもその愛称は残っています。
もともと山のふもとにあった金丸座は、重要文化財の指定を受け、今の場所へと移されました。
その後も2度の大改修を経て、現在の姿になりました。金丸座の舞台装置はすべて人力で、当時のままの状態で残されています。
毎年4月には歌舞伎公演が行われており、江戸時代さながらにお芝居を観ることができます。
旧金毘羅大芝居の正面上部には、「櫓」があり、開演前には、ここで太鼓が打ち鳴らされ、人々の期待感を高めてきました。
いよいよ中へと入りましょう。今回は、客席だけでなく、その舞台裏まで皆様をご案内します。
入口(鼠木戸と大木戸)
正面には3つの入口があり、かつては観客の身分に応じて、使用されていました。
向かって右手にあるのが、身分の高い人の入口、御用木戸、左手にあるのが、高額な席を購入した人のための大木戸、そして、中央の小さな入り口が庶民の入り口で、「鼠木戸」と呼ばれています。鼠木戸は、他の2つに比べて低くなっており、かがまないと入れません。これは1人ずつしか通れないようにすることで、お金を払わないで見ようとする人が入れないようにするためです。
それでは、鼠木戸から中に入ってみましょう。
札場と下足場
中に入ると土間が広がっています。右手にはお金を支払う札場と呼ばれる場所があります。さらに建物の両脇には、脱いだ履物を預ける下足場があります。下足場の壁には、席の場所が書かれた札が吊るされており、履物と引き換えに渡されていました。
鳥屋と揚幕
この部屋は「鳥屋」と呼ばれ、役者が花道へ登場する出番を待つ場所です。
鳥屋は地下通路で舞台裏ともつながっており、役者は観客に見られることなく舞台裏を行き来することができます。
鳥屋に吊るされている幕は「揚幕」です。揚幕の客席側には、旧金毘羅大芝居の座紋である「佐伯鶴」が描かれています。役者は自分の出番になると、幕の小さな隙間から舞台の様子をのぞき、登場のタイミングを見計らいます。
いざ、揚幕が開くと、棒に通した金輪がこすれ合い、「シャン」という鋭い音が響きます。この音には、観客の視線を鳥屋の方向へ自然に引きつけ、これから始まる登場を印象づける役割を果たしています。
平場と歩み・桟敷席
1階席中央の平場は、広い畳敷きで枡目状に仕切られています。この席を「枡席」と言い、最大4人が座っていました。
平場を横切るように幅およそ15センチの木の板が5つついています。歩み板と呼ばれ、観客はそこを通って自分の桝席まで向かいます。
床はゆるやかに傾斜しており、後方の席ほど高くなることで、前の人の頭越しにも舞台が見やすく工夫されています。
また、平場の左右には、一階、二階に桟敷席が設けられています。
顔見世提灯
観客席の上に吊るされたひときわ大きな提灯は顔見世提灯と言います。顔見世提灯には、その日の公演に出演している役者の家紋が描かれており、観客は、提灯を見ることで、どの役者が出演していて、その役者がどの格付けにいるのかを知ることができました。一つの大きさは、高さ1.2m、幅45cmにもなります。
花道
芝居小屋を特徴づけるもののひとつが、「花道」です。花道は、舞台の下手側から客席を通り、鳥屋に通じています。
花道は、役者の登場や退場に使われるだけでなく、田舎道や城の廊下、時には海など、舞台とは別の場所を表す演出にも用いられます。床の一部が上下する「すっぽん」という仕掛けがあるのも特徴です。
実際に花道の上に立ってみると、客席との距離の近さを実感できます。観客のすぐそばで演技が展開されることで、強い臨場感を生み出します。
仮花道
「仮花道」は、文字どおり「仮の花道」を意味し、花道とは反対側に設けられた、第二の花道です。
元々は江戸時代、観客が自分の席へ移動するための通路として設けられました。しかしやがて、役者たちは、この通路が演出に使える可能性に気づき、もうひとつの花道として使われるようになりました。
花道と仮花道の両方を用いることで、役者の出入りや視線の動きに幅が生まれ、舞台の緊張感や臨場感をいっそう高める効果があり、観客は、歌舞伎の魅力をより深く味わうことができます。
空井戸
空井戸は、舞台と花道が交差する場所に位置する空の四角い穴です。
地下の奈落とつながっており、お芝居の中では井戸や池に見立てられたり、役者の出入りや早替わりに使われたりしています。
江戸時代、京都や大阪などの地域では使われていたと言われ、時代を経て、空井戸を備えた芝居小屋は、全国的に次第に少なくなっていきました。そして現在、日本で空井戸を備えている芝居小屋は、旧金毘羅大芝居ただ一つとなっています。
スッポン
「スッポン」は、花道の床の一部がせり上がったり、沈んだりする仕掛けです。歌舞伎役者が舞台の下から頭だけ出している様子がスッポンが頭を出す様子に似ていることから、この「スッポン」という名前が付けられました。
旧金毘羅大芝居のスッポンは、今も人の手によって動かされており、主に、亡霊や幽霊、鬼の役などが登場する場面に使われます。この仕掛けは、奈落に降りた時に地下側からもご覧いただけます。
廻り舞台
廻り舞台は、舞台中央に設置された直径7.3メートルの丸い回転する舞台です。
地下の奈落に舞台を回す仕掛けがあり、360度回転させることができます。
廻り舞台は、場面転換を素早く行うために使われるほか、人物の移動や空間の変化を印象づけるなど、さまざまな演出効果を生み出します。近代的な劇場では電動で回転させるのが一般的ですが、旧金毘羅大芝居では今も人の手で動かしているのが大きな特徴です。さらに廻り舞台には、床の一部が上下に動く「セリ」と呼ばれる仕掛けも組み込まれており、役者の登場や場面転換の演出をいっそう豊かにします。
奈落・セリ
「奈落」とは舞台や花道の床下空間の総称です。
旧金毘羅大芝居の奈落は、深さ約2.5メートル。周囲は石積みの壁に囲まれています。
奈落は、鳥屋と舞台裏をつなぐ通路としての役割を担うと同時に、空井戸からの出入りや、廻り舞台・セリ・スッポンなど、様々な仕掛けを動かすための場所でもあります。
これらの仕掛けは、現在もすべて人力で動かされています。
廻り舞台をご覧下さい。
廻り舞台の操作では、土間に敷かれた36個の力石を足掛かりにして、4本の力棒を押して回転させます。舞台をより軽く、なめらかに動かすために、舞台と受枠の間には「コロ」と呼ばれる木製の回転ゴマが入っています。
このほか奈落では、廻り舞台に組み込まれたセリの仕掛けや、空井戸、すっぽんなどを間近に見ることができます。
チョボ床・囃子場
チョボ床は、お芝居の上演中に物語の進行を担う語り手が使用する空間です。舞台の上手と下手の2階部分に設けられており、太夫と呼ばれるナレーターが歌を歌ったりセリフを語ったりする場所です。
囃子場とは、舞台1階の両袖に設けられた芝居囃子や芝居の効果音などを演奏する場所です。唄、三味線、太鼓などを用いて舞台効果を高める長唄や演奏をしていますが、客席からはほとんど見えないようになっています。囃子場の様式が左右で異なっているのは、かつて上手の囃子場が富籤の立会の場所として使われていた名残です。
楽屋
楽屋とは、舞台の裏側にある、役者をはじめ囃子方や床山など、舞台を支える多くの人が身支度や準備をする部屋の総称です。
旧金毘羅大芝居の楽屋には、江戸時代の人々の気配を想像させる雰囲気が今も残されています。
なお現在の歌舞伎公演では、1階部分が主に使用されています。
ブドウ棚・かけすじ
天井を見上げていただくと、竹で組まれた天井が目に入ります。これは「ブドウ棚」と呼ばれ、約500本の長い竹が格子状に組まれ、舞台の上から観客席の上にまで広がっており、裏方が雪や桜に見立てた紙吹雪を降らせます。
かけすじは、役者が宙乗りをする装置です。花道の真上にあり、長さは約17m、幅は約60cm花道からの高さは5mです。古典的な宙乗り装置は大変珍しく、歴史的に貴重な資料でもあります。
今でも、演目によって実際に使用しており、宙乗りで客席上を移動する役者が登場すると、場内は大きな歓声に包まれます。
当時は荒縄で役者を吊り上げていましたが、現在は安全上、ワイヤーを使い電動で吊り上げています。
ブドウ棚とかけすじはいずれも、2003年の平成の改修工事の際、その痕跡が見つかり、復元されました。
明かり窓
2階の桟敷席の後方や3階部分の窓にも、ぜひ注目してみてください。ここに設けられているのが、明かり窓(あかりまど)です。開け閉めによって、場内に入る自然光の量を調整するための仕組みです。
明かり窓には、木製の揚げ戸や障子が使われており、これは電灯がなかった時代に、外の明るさそのものを演出に取り込むための実用的な工夫でした。
演出によっては木製の雨戸を全て同時に締めることで、全体を暗闇に包み込むことも可能です。
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